商業デザインと芸術の違い
働き始めた頃、広告代理店勤務時代、初めて大きな取り引きのあるクライアントの担当を任され、ある上場企業の担当部門の責任者である部長に対して、広告のプレゼンを行った時のこと。
プレゼンが終わった後の、部長からの言葉
「君の会社は広告主の広告予算を使って、芸術家気取りなのか? それほどアート作品を作りたいなら、山にでも籠もって、自己満足の作品を作っていた方が良い。
商業デザインというのは、クライアントが求める利益を追求する仕事じゃないのか?」
自信を持ってプレゼンしただけに、この言葉に大きな衝撃を受けました。オーバーではなく、今でも鮮明に覚えている衝撃的な言葉でした。
それでもそれはショックという感情ではなく、目を覚ませてもらったという、自分自身驚くほど謙虚に受け止められました。
それ以来、「自己満足な作品」というフレーズが深く刺さり、「作品」というワードを出されて事例紹介をされているWeb関連の制作会社のサイトに、あくまでも個人的な感覚ですが、微妙な違和感を感じています。
芸術家気取り、それ自体に意義を唱える立場でもありませんが、これもよく見受けます。
広告もWebデザインも同じ、自己満足なWebデザインの結果
個人がWebでの情報発信のため、独特なこだわりをもって作られたものの場合、それだどれだけユーザビリティーが悪くても全く問題ないと思いますし、自由な個人の主義主張の結果だと思います。
ただ、企業様のWebサイトとなると、それは全く違います。
例えば、オシャレを病院があったとします。
シンプル&クールを追求し、モノトーンデザインのWebサイトにした場合。
ほとんど例が無く、確かに個性的ではありますが、病院に向かうためWeb検索で探している際、その色彩の病院のWebサイトを見た時、多くの方の印象は「希望」を感じることなく、来院の期待はかなり低くなります。
色彩による印象を上回る、その病院の特徴を前面に出せる場合はその例には該当しませんが。
これはあくまで一般論ですが、多くの人が感じる色彩に対する人の感覚の一般論は無視することはできません。(勿論、それを認識した上であえてなら個人の自由ですが)
前述の、自己満足なWebデザインの結果が何をもたらすかを追求して、アート的な側面であえてそれを狙うことが悪いということでなく、そこにストーリーがなく、単純に他との差別化のため、見た目だけを追求してモノトーンでの制作なら、あり得ないと考えます。
差別化は、コンテンツで行うべきであると。それが商業デザインであると。
(備考:勿論これは、病院を例にしたものです)
単純に「色彩をこうしたいから」ではなく、「なぜこうしたい」というストーリーを理解した上での制作が「デザインする」ということだと考えます。
究極の縁の下の力持ち
私たちの業務は、私たちだけでは成立しません。
縁あって出会った企業様のため、ひたすら「究極の縁の下の力持ち」でありたいと思っています。
これこそが、私たちフリッパーデザインの基本理念です。